仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)193号 判決 1960年7月25日
控訴人 内池与十郎
被控訴人 宍戸久助
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、次に述べる事項のほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
被控訴代理人の主張。
一、被控訴人が昭和二四年一月一日改めて控訴人との間に、別紙目録記載の土地(以下本件土地と称する)につき、賃貸借契約を締結するに至つたのは、本件小作調停調書第五項に期間満了後は無条件で本件土地を明渡す旨の賃借人に不利な小作条件が記載されていたからである。なお右条件は当時の農地調整法(昭和二四年法律第二一五号による改正前)第九条第五項、により、その効力を生ずるに由ないものである。
二、仮に控訴人主張の如く右昭和二四年一月一日の賃貸借契約が無効であるとしても、本来小作調停は小作料その他小作関係につき争議の存することを前提とする(小作調停法第一条参照)ものなるところ、控訴人が本件小作調停を申立てるに際しては、調停当事者間の争いは、既に解決ずみであつたから、右調停はその要件を欠き、無効のものといわねばならない。従つて右調停調書第五項に基く本件土地明渡の強制執行は許さるべきではない。
三、なお、本件小作調停における賃貸借が農地調整法(昭和一三年法律第六七号)第九条第二項但書、所定の一時賃貸借であつたとしても、同法はその後昭和二四年法律第二一五号により改正され、一時賃貸借も小作調停法による調停によりなされた場合以外は期間満了前に市町村農地委員会の承認を得て、更新拒絶の通知をしない限り、従前の賃貸借と同一の条件で、更に賃貸借したものと看做されることとなり、昭和二七年法律第二二九号農地法第二〇条によつても同様趣旨の農地統制を受けることになつたから、本件の如く農地の統制に関する法規所定の手続を得ておらず、また更新拒絶の通知もなされていない場合においては、右賃貸借は法律上当然に更新されたものというべきである。
四、控訴人主張一の更新拒絶の通知事実を否認する。
五、本件小作調停調書第一項の一〇年の期間が明渡猶予期間であるとの控訴人の従来の主張事実はもとより、控訴人主張二の一時賃貸借及び同三の期限付合意解約の各主張事実はいずれも否認する。
控訴代理人の主張、
一、控訴人は昭和三〇年一月末頃被控訴人に対し、本件土地賃貸借の更新を拒絶する旨通知した。
二、仮に本件小作調停調書第一項の一〇年の期間が本件土地に対する明渡猶予期間でないとしても、右調停における控訴人と磯吉間の本件土地に関する合意は一時賃貸借である。
すなわち本件土地は当時控訴人において自作を相当とする土地であり、控訴人が直ちに明渡すことを求めたのに対し、磯吉が本件土地上に林檎等の果樹を植栽しており、直ちに林檎樹を収去して明渡すときは同人方の経済に支障を来すことを理由に拒否していたが、一〇年後には同人が他に植栽していた林檎が最盛期に達し本件土地上の林檎樹を収去明渡しても差支えない状況だつたので、右磯吉方の事情を考慮して控訴人が譲歩した結果、本件小作調停において賃貸借期間を昭和二〇年一〇月三日から昭和三〇年一二月三一日までとし、右賃貸借期間満了後は磯吉において無条件に林檎樹を収去して本件土地を返還することの約定で賃貸したのである。右賃貸借期間は普通の宅地や田畑の賃貸借の場合と異り約一〇年という長期ではあるが、前記のように磯吉の他の林檎樹の最盛期までという暫定的一定期間に限られたものであり、結局当時の農地調整法第九条第二項但書所定の一時賃貸借であるといつて差支えない。
したがつて本件小作調停における本件土地に関する控訴人と磯吉間の合意は一時賃貸借であるから、これについて農地の統制法規の適用がなく、磯吉の相続人の被控訴人は昭和三〇年一二月三一日限り本件土地の明渡義務を有する。
三、また仮に本件小作調停における控訴人と磯吉間の本件土地に関する合意が一時賃貸借でないものとしても、本件小作調停において、控訴人と磯吉間の従来の賃貸借につき効力の発生の日を調停成立の日から約一〇年後の昭和三〇年一二月三一日とする期限付合意解約が成立したものと主張する。
しかして当時農地の賃貸借の合意解約についてはそれが小作調停によりなされた場合であるといなとにかかわらず、農地調整法の適用がなかつたのであるから、合意解約に定める期限が到来したときは、更に農地の統制法規所定の手続を経ることを要せずに賃借人において賃借土地の明渡義務を負担するものといわなければならない。
したがつて磯吉の相続人の被控訴人は前記合意解約期限の到来とともに控訴人に対し本件土地の明渡義務を有する。
証拠関係、
被控訴代理人は、新たに甲第九号証の一ないし四、同第一〇号証の一、二、同第一一号証、同第一二号証の一ないし四、同第一三号証の一ないし三、同第一四号証、同第一五号証の一ないし六、同第一六ないし第一九号証を提出し、当審証人瀬戸栄五郎の証言、当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、乙第六、九、一〇、一一号証は成立を認めるが、同第七号証は不知、同第八号証中の印影が農業委員長の印影であることは認めるが、その余は不知と述べ、控訴代理人は、新たに乙第六ないし第一一号証を提出し、当審証人丸山太郎の証言及び当審における控訴本人尋問の結果を援用し、甲第九号証の一ないし四、同第一〇号証の一、二、同第一一号証、同第一五号証の一ないし六、同第一六ないし第一九号証は成立を認めるが、同第一二号証の一ないし四、同第一三号証の一ないし三、同第一四号証は不知と述べた。
理由
当裁判所も次のとおり附加訂正するほか、原審と同じ理由によつて、被控訴人の本訴請求を認容すべきものと判断するから、原判決の右理由を引用する。
一、被控訴人は小作調停は小作料その他小作関係につき争議の存することを前提とするところ、本件小作調停を申立てた際には、調停当事者間の紛争は既に解決ずみであつたから、右調停はその要件を欠き無効である旨主張するのでで、按ずるに、小作調停が小作料その他小作関係につき争あるときに開始さるべきものであることは、小作調停法(大正一三年法律第一八号)第一条の規定に照し明らかであるが、ここに争あるときとは、実体上の権利関係につき争ある場合に限らるべきではなく、これを広く解し、権利関係自体には争ないが、右調停が裁判上の和解と同一の効力を有する(同法第二七条参照)ことよりして将来の権利の実行に不安があり、その不安を除去するため、単に債務名義を取得しようとする場合をも含むものと解するのが相当である。そこでこれを本件についてみるに、成立に争のない乙第一、五号証、原審及び当審証人丸山太郎の証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人とその小作人宍戸磯吉との間に、本件土地を含む小作地の返還をめぐつて紛争が起つたため、福島県小作官丸山太郎においてこれが斡旋にあたつた結果、昭和二〇年九月二九日、右当事者間に後記調停条項と同旨の小作協定が成立し、更にその際右協定の履行を確保するため、後日小作調停の申立をなすことを約したこと、しかして、右当事者は右約旨に基き同年一〇月三日福島地方裁判所に対し、控訴人を申立人、磯吉を相手方とする小作調停の申立をなし、同日被控訴人主張の条項の調停が成立した事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうだとすると、本件調停時においては、最早右当事者間には権利関係の存否、内容等についての争はなかつたにしても、少くとも控訴人はその権利の実行に不安を抱き、その不安を除去するために、本件小作調停を申立てたものとみるのが相当であつて、右当事者間には上述のような意味での和解の前提の争がなかつたとはいえないから、被控訴人の右主張は採用できない。
二、控訴人は本件小作調停において控訴人と磯吉間の本件土地に対する従前の賃貸借につき、効力発生の日を一〇年後とする期限付合意解約が成立した旨主張するが、乙第五号証本件小作調停調書及びその前提となつた同第一号証小作協定書には、右控訴人主張の趣旨にも解し得られるかのような文言の記載があり、前記原審及び当審における証人丸山太郎控訴本人の各供述によつても同趣旨の事実を認め得られるかのようであるが、昭和三〇年一二月三一日限り賃貸借は解消し、その後は賃貸しないといつても、期限付合意解約のためか一時賃貸借のためかまた単に更新を許さないとの特約のためか判然しないし、また、約一〇年というような長期の期限付合意解約は異例なことであるばかりでなく、この点に関する原審及び当審における被控訴本人尋問の結果を考慮するときは、右乙第一、五号証、証人丸山太郎、控訴本人の各供述によつてもにわかに控訴人主張の期限付合意解約事実を認め得るものとすることができない。他に右事実を認めるに足る証拠がない。
仮に右乙第五号証の本件小作調停において期限付合意解約が成立したものとしても、昭和二四年法律第二一五号による農地調整法第九条の改正により、小作調停法による調停によつてなされた合意解約の成立については、農地委員会の承認を要せずに調停における当事者の合意のみにより賃貸借解消の効力を生じ、したがつてそれが期限付合意解約の場合はその期限の到来したときは賃貸借解消の効力を生ずる(昭和二七年法律第二二九号農地法第二〇条においても同趣旨踏襲)のであるが、農地の統制法規が調停における合意解約の場合その調停における当事者の合意のみで賃貸借解消の効力を生じ、その合意の成立について更に農地委員会の承認等の手続を要しないものとし、またそれが期限付合意解約の場合その調停における当事者の合意とその期限の到来のみで賃貸借解消の効力を生じ、その合意の成立についてはもとより期限到来の際更に農地委員会の承認等の手続を要しないものとしているのは、当該調停において、調停委員会が、当事者双方の農地条件等について、小作官等の意見を聞き農地の統制法規上考慮すべき諸点を十分に調査検討のうえ調停した結果成立した合意であると見ているからである。はたしてそうだとすればこのような調停において予想されている期限付合意解約の場合における期間は、調停の際、当事者双方の農地条件等に関する諸点について予測し得られる程度の期限であることを要し、二、三年位の短い期限であるのが通例である。したがつて一〇年一と昔ともいうような長期の期限付合意解約の場合は、そのような先々のことまでは調停委員会も、これに意見を述べなければならないことになつている小作官等においても通常考え及ばないところであるから、仮に調停においてそのような長期の期限付合意解約がなされたとしても、通例の期限付合意解約の場合のように、その期限の到来のみで更に農地統制法規所定の手続を経ることを要しないで賃貸借解消の効力を生ずるものということはできないものと解するのが相当である。控訴人が本件更新拒絶につき農地統制法規所定の手続を経ていなかつたことは控訴人の自白するところであるから控訴人の右主張も採用するに由ない。
三、原判決五枚目表末行目の「賃貸借の目的」より同裏三行目の「当事者間に争ない以上」までを「右甲第一号証の記載内容に、原審証人石田長吉、同伊藤重雄の各証言を併せ考えると、右三葉は農地賃貸借契約書と題する一個の文書を構成するものであることが認められ、また第一葉の磯吉名下の印影が同人の印章によるものであることは右第一葉の成立が当事者間に争ない事実よりして容易に推認し得るところであり、被控訴人名下の印影が被控訴人の印章によるものであることも前記の如く当事者間に争ないから」と、同五行目の「甲第一号証の」より七行目の「認めるべきである」までを、「控訴人が第一葉に捺印した際には、第二葉以下は添付されていなかつたもので、後日農地委員会において、ほしいままに第二葉に賃貸借期間を昭和四三年一二月三一日までと記載したうえ、同葉以下を第一葉に編綴したものであると主張するけれども第二葉の賃貸借期間が、控訴人の前記捺印後に、農地委員会によつて記載された事実はこれを認めるに足る証拠がないのみならず、右三葉が一個の文書を構成するものであることは先に述べたとおりである」とそれぞれ訂正し、同六枚目表二行目の「乙第二号証」の次に「成立に争のない乙第六号証、当審における控訴本人尋問の結果により成立を認める同第七号証」と、同七枚目表四行目の「被告本人」の次に「当審における控訴本人」と加え、同五行目の「甲第二、第三」を「甲第二号証許可申請書中の耕作(利用)年数の欄に「二〇ケ年」と記載されているが、控訴人が許可申請の際甲第一号証に基いて書いたにすぎないものであること当審における控訴本人の尋問の結果により窺われ、甲第三」と訂正し、同裏七行目の「明かである」の次に「(右調停調書第五項には賃貸借期間満了の際は無条件にて小作地を返還する旨の記載があるが、右は賃借人に不利な小作条件であるから、当時の農地調整法第九条第四項、(その後の改正により第五項、第六項となる。)農地法第二〇条第六項により、その効力を生ずるに由ない)」と加え、同八枚目表三行目に「本件賃借」とあるのを「本件賃貸借」と訂正し、同八行目の「成立したこと」の次に「は控訴人の第一、二審の全立証中にもこれ」を加え、同一〇行目に「尤も成立に争のない乙第一号証及び証人丸山太郎の証言」とあるのを「控訴人は本件調停の合意を一時賃貸借であると主張し、乙第一号証及び原審及び当審証人丸山太郎の証言」または同裏五行目の「都道府県知事の許可」を「農地委員会の承認」とそれぞれ訂正する。
さすれば、被控訴人が磯吉の死亡による一般承継人として、本件調停調書第五項の執行力の排除を求める本訴請求は正当であり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 鍬守正一)
目録
福島市瀬上町字幸町二七番の二
一、畑 一反一畝一〇歩